©Torbjørn Rødland
Interviewer:Tom Seymour
Translation:Yuka Katagiri
イギリスの写真雑誌『British Journal of Photography(BJP)』が主催する国際的な写真コンクール「International Photography Award 2017(IPA)」の審査員の一人であるマイケル・マックは、ジンバブエで少年時代を過ごし、ヨークシャーで学生生活を送った。ドイツの出版社「Steidl」のディレクターとして17年間にわたり活躍した後、2011年ロンドンで自身の出版社「MACK」を設立し、写真界を牽引する出版社へと成長させた。写真集、中でも新進気鋭の作家を世に送り出す上では、最も重要なパブリッシャーとして世界的な注目を集めている。
彼の設立した若手写真家のための「First Book Award」は、若手アーティストなら誰もが夢見る賞であり、受賞者には作品を最高のクオリティの写真集として「MACK」から出版する機会を得るだけでなく、ロンドンの美術館「サイエンス・ミュージアム」内の「メディア・スペース」での展覧会も約束されている。同賞では、これまでにアン・ソフィー・メリーマン(2012)、ポール・サルべソン(2013)、ジョアンナ・ピオトロヴスカ(2014)、キーラン・オグ・アーノルド(2015)、ソフィア・ボルジェス(2016)が受賞している。その知識と経験を買われたマックは、創刊160年を誇る写真雑誌『British Journal of Photography(BJP)』が主催する写真賞「International Photography Award(IPA)」の審査員として今年から参加することとなった。
IPAの審査に携わることについて、マックは「自分の仕事の中で最もワクワクさせられるのは、さまざまな新人作家の作品に触れる機会を得られることです。彼らの作品群の中に、現在の写真の世界のルーツを見出すことができますし、最新の大きな流れを感じることもできます」と語る。
「とはいえ、アーティストの汗や血と涙の結晶である作品を、客観的な視点から判断しなくてはならないので、審査にはいつも頭を悩ませます。どんなに厳正な審査をしたとしても、それは自分の思うところでしかなく、結局のところ独断にすぎないのではないかと感じることもあるからです」
「ジャンルを問わず、コンセプトから作品の見せ方まで一貫してアーティストのアイデアがはっきりと打ち出されているものに惹かれます。当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれませんが、そのような作品にはなかなか出会えないものです」
マックは、これまで壁に飾られるのでも、iPadの光る画面に映し出されるのでもなく、紙にインクで印刷された出版物として初めてその真価を発揮するようなシリーズの作品に好んで賞を与えてきた。デジタル出版に数年をかけて多大なリソース、時間、資金をつぎ込みながらも、紙の写真集の出版という自身のコアにある戦略に回帰することになったマックにとって、これは本質的な問題だ。しかし、彼は闇雲に近代化に抵抗したラッダイト(産業革命にともなう機械化で職を失うことを恐れた手工業者、労働者が起こした機会破壊運動)ではなかった。世界最高峰のアート出版社と謳われるドイツ・Steidl社のゲルハルト・シュタイデル本人からある日突然予期せぬ電話を受け、エディトリアル・ディレクターへと華麗なる転身を遂げた元弁護士のマックは、ビジネスマンとしても超一流である。
最先端のものはすべてオンラインにあると信じることは安易な考え方だ。マックのような人物が、リアルな形を持たないデジタル出版の領域よりも、紙とインクの創り出す不変の価値を支持するというのなら、耳を傾けるべきだろう。マックのビジネスの根底には、新人作家が自分の表現の境界を問い直す上で、最もよい方法が「作品を本にしてみること」という前提がある。この考え方は、ロンドンの写真界に次々と出てきたインディペンデント出版社の新しい波とも一致するものだ。マックは「プラクティカルな出版のモデルではなくても、若手の出版社の仕事には非常にインスパイアされます」という。「確かにオンライン出版のプラットフォームも興味深いですが、逆にデジタルメディアが出てきたことによって、実際に手に取ることのできる書物というモノができることの重要性と可能性が浮き彫りになった。いまもなお出版の世界には、はっきりとした物理的な空間が存在しているのです」。
マックが写真集に対するこうした考え方に着地するまでには、ずいぶん遠回りをした。大学卒業後は弁護士を目指し、実務研修を終えたにもかかわらず“わりとすぐに”自分がその道に向いていないことに気付いたという。ヨーロッパの法律関係の企業の例にもれず、マックの勤務していた事務所もたくさんの写真作品を購入していたことから、著名な写真のディーラー、ゼルダ・チートルとの出会いが訪れた。
「私は彼女に、何かほかのことをやりたいという思いを打ち明けました。そこから週に一日のペースで彼女のもとで働き始めたのです。彼女は私が新しい道に踏み出す一歩を与えてくれました。彼女の所蔵しているオリジナルプリントを一枚一枚見ていき、そこにあるイメージがどこから来たのか理解しようとして幾晩も過ごしました」
写真を選んでからも、自分が向いていることを見つけるのにはかなりの時間がかかったという。「プリントを売るのは全く向いていませんでした(笑)。プリントに投資してもらうよう、説得することもそれほど上手ではなく。でも、写真とそれが印刷されているページとの関係性に引きつけられていることは自覚していました。写真というもののほとんどは、オークのフレームの中に鎮座している状態ではなく、印刷された本の1ページに収まることが自然の姿なのではないかという確信が、自分の中で徐々に固まってきたのです」
この世界で最も有名な出版社のために、流通ネットワークとマーケティング戦略を構築した後、マックはエディトリアル・ディレクターに就任する。しかし2011年、彼は古巣を旅立ち、自らの会社を設立する。苦渋の決断だったという。「印刷、出版、ビジネスの何もかもを、ゲルハルトに文字通り、手取り足取り教えてもらいました。彼はいつも、真の意味で私の師でした」。
しかし、自分が面白いと感じる写真を見つけ出す鋭い感性に突き動かされて、Steidl社からの別離を決断したそうだ。「Steidl社のような大出版社では、年間120冊の写真集を刊行します。ということは、一週間に2冊以上。そんな状況では、自分が面白いと思う本が正当な評価を受けていない気がして。そのような中で、ある一冊の本だけが他を抜きん出て注目を集めるようなことは、ほぼありえません。自分の感覚が、Steidl社が手掛けるよりメインストリームに近い作品とはマッチしていないことを思い知らされたのです」。
こうした思いが、写真出版界の重鎮とは正反対のビジネスモデルを掲げて、独り歩きを始める決断となった。「Steidl社で流通、マーケティング、ビジネスを発展させるプロセスを学びました」「でも、実のところ大出版社というのは、一冊一冊の本はそれ自身の売上では成り立たない前提に立っているのです。書籍は、商業的な仕事やフォトグラファー自身の資金、クラウドファンディング・Kickstarterのキャンペーンなど、外部から流れこんでくる収入で支えられている。そういう仕組みには関心が持てなくて。一冊一冊の本にかかるコストを自分で出すことを可能にする仕組みを考えるほうが、ずっと面白いと思います」。
これがマックにとっての実存的な問いであることは明らかである。「フォトグラファーからはお金をもらいません。そんな出版はつまらないし、市場を軽視するような行為だと思います。出版というのは、完全に主観的なチョイスによるべきではないでしょうか。人生は短いですから、経済的な面だけでなく、感情的にも自分がやりたいと心から思える仕事しかやりません」。では、仕事の上での原則とはなんだろう。「仕事上の、人と人との関わりを大切にすることですね」と彼はいう。「この写真家はすごく有名で成功しているかもしれないけど、一緒に仕事をしたら最悪だろうなと感じて、プロジェクトを却下したこともありますよ」。
MACK社のマーケットで一番勢いがあるのは若者たちだという。MACK社の出版物を誰よりも購入しているのは、意外にも一日中スクリーンを見つめて過ごすデジタル・ネイティブたちなのだ。「これは、写真集がとても魅力のあるものだということの証明だと思います。デジタルメディアが氾濫したことで、かえってアナログなプロセスに回帰する人も出てきた。紙とインクのもつ不変の価値への再投資といってもよいでしょう。私自身も、この流れを好ましく思う一人です」。
International Photography Award(IPA)
Translation:Yuka Katagiri
イギリスの写真雑誌『British Journal of Photography(BJP)』が主催する国際的な写真コンクール「International Photography Award 2017(IPA)」の審査員の一人であるマイケル・マックは、ジンバブエで少年時代を過ごし、ヨークシャーで学生生活を送った。ドイツの出版社「Steidl」のディレクターとして17年間にわたり活躍した後、2011年ロンドンで自身の出版社「MACK」を設立し、写真界を牽引する出版社へと成長させた。写真集、中でも新進気鋭の作家を世に送り出す上では、最も重要なパブリッシャーとして世界的な注目を集めている。
彼の設立した若手写真家のための「First Book Award」は、若手アーティストなら誰もが夢見る賞であり、受賞者には作品を最高のクオリティの写真集として「MACK」から出版する機会を得るだけでなく、ロンドンの美術館「サイエンス・ミュージアム」内の「メディア・スペース」での展覧会も約束されている。同賞では、これまでにアン・ソフィー・メリーマン(2012)、ポール・サルべソン(2013)、ジョアンナ・ピオトロヴスカ(2014)、キーラン・オグ・アーノルド(2015)、ソフィア・ボルジェス(2016)が受賞している。その知識と経験を買われたマックは、創刊160年を誇る写真雑誌『British Journal of Photography(BJP)』が主催する写真賞「International Photography Award(IPA)」の審査員として今年から参加することとなった。
IPAの審査に携わることについて、マックは「自分の仕事の中で最もワクワクさせられるのは、さまざまな新人作家の作品に触れる機会を得られることです。彼らの作品群の中に、現在の写真の世界のルーツを見出すことができますし、最新の大きな流れを感じることもできます」と語る。
「とはいえ、アーティストの汗や血と涙の結晶である作品を、客観的な視点から判断しなくてはならないので、審査にはいつも頭を悩ませます。どんなに厳正な審査をしたとしても、それは自分の思うところでしかなく、結局のところ独断にすぎないのではないかと感じることもあるからです」
「ジャンルを問わず、コンセプトから作品の見せ方まで一貫してアーティストのアイデアがはっきりと打ち出されているものに惹かれます。当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれませんが、そのような作品にはなかなか出会えないものです」
マックは、これまで壁に飾られるのでも、iPadの光る画面に映し出されるのでもなく、紙にインクで印刷された出版物として初めてその真価を発揮するようなシリーズの作品に好んで賞を与えてきた。デジタル出版に数年をかけて多大なリソース、時間、資金をつぎ込みながらも、紙の写真集の出版という自身のコアにある戦略に回帰することになったマックにとって、これは本質的な問題だ。しかし、彼は闇雲に近代化に抵抗したラッダイト(産業革命にともなう機械化で職を失うことを恐れた手工業者、労働者が起こした機会破壊運動)ではなかった。世界最高峰のアート出版社と謳われるドイツ・Steidl社のゲルハルト・シュタイデル本人からある日突然予期せぬ電話を受け、エディトリアル・ディレクターへと華麗なる転身を遂げた元弁護士のマックは、ビジネスマンとしても超一流である。
最先端のものはすべてオンラインにあると信じることは安易な考え方だ。マックのような人物が、リアルな形を持たないデジタル出版の領域よりも、紙とインクの創り出す不変の価値を支持するというのなら、耳を傾けるべきだろう。マックのビジネスの根底には、新人作家が自分の表現の境界を問い直す上で、最もよい方法が「作品を本にしてみること」という前提がある。この考え方は、ロンドンの写真界に次々と出てきたインディペンデント出版社の新しい波とも一致するものだ。マックは「プラクティカルな出版のモデルではなくても、若手の出版社の仕事には非常にインスパイアされます」という。「確かにオンライン出版のプラットフォームも興味深いですが、逆にデジタルメディアが出てきたことによって、実際に手に取ることのできる書物というモノができることの重要性と可能性が浮き彫りになった。いまもなお出版の世界には、はっきりとした物理的な空間が存在しているのです」。
マックが写真集に対するこうした考え方に着地するまでには、ずいぶん遠回りをした。大学卒業後は弁護士を目指し、実務研修を終えたにもかかわらず“わりとすぐに”自分がその道に向いていないことに気付いたという。ヨーロッパの法律関係の企業の例にもれず、マックの勤務していた事務所もたくさんの写真作品を購入していたことから、著名な写真のディーラー、ゼルダ・チートルとの出会いが訪れた。
「私は彼女に、何かほかのことをやりたいという思いを打ち明けました。そこから週に一日のペースで彼女のもとで働き始めたのです。彼女は私が新しい道に踏み出す一歩を与えてくれました。彼女の所蔵しているオリジナルプリントを一枚一枚見ていき、そこにあるイメージがどこから来たのか理解しようとして幾晩も過ごしました」
写真を選んでからも、自分が向いていることを見つけるのにはかなりの時間がかかったという。「プリントを売るのは全く向いていませんでした(笑)。プリントに投資してもらうよう、説得することもそれほど上手ではなく。でも、写真とそれが印刷されているページとの関係性に引きつけられていることは自覚していました。写真というもののほとんどは、オークのフレームの中に鎮座している状態ではなく、印刷された本の1ページに収まることが自然の姿なのではないかという確信が、自分の中で徐々に固まってきたのです」
この世界で最も有名な出版社のために、流通ネットワークとマーケティング戦略を構築した後、マックはエディトリアル・ディレクターに就任する。しかし2011年、彼は古巣を旅立ち、自らの会社を設立する。苦渋の決断だったという。「印刷、出版、ビジネスの何もかもを、ゲルハルトに文字通り、手取り足取り教えてもらいました。彼はいつも、真の意味で私の師でした」。
しかし、自分が面白いと感じる写真を見つけ出す鋭い感性に突き動かされて、Steidl社からの別離を決断したそうだ。「Steidl社のような大出版社では、年間120冊の写真集を刊行します。ということは、一週間に2冊以上。そんな状況では、自分が面白いと思う本が正当な評価を受けていない気がして。そのような中で、ある一冊の本だけが他を抜きん出て注目を集めるようなことは、ほぼありえません。自分の感覚が、Steidl社が手掛けるよりメインストリームに近い作品とはマッチしていないことを思い知らされたのです」。
こうした思いが、写真出版界の重鎮とは正反対のビジネスモデルを掲げて、独り歩きを始める決断となった。「Steidl社で流通、マーケティング、ビジネスを発展させるプロセスを学びました」「でも、実のところ大出版社というのは、一冊一冊の本はそれ自身の売上では成り立たない前提に立っているのです。書籍は、商業的な仕事やフォトグラファー自身の資金、クラウドファンディング・Kickstarterのキャンペーンなど、外部から流れこんでくる収入で支えられている。そういう仕組みには関心が持てなくて。一冊一冊の本にかかるコストを自分で出すことを可能にする仕組みを考えるほうが、ずっと面白いと思います」。
これがマックにとっての実存的な問いであることは明らかである。「フォトグラファーからはお金をもらいません。そんな出版はつまらないし、市場を軽視するような行為だと思います。出版というのは、完全に主観的なチョイスによるべきではないでしょうか。人生は短いですから、経済的な面だけでなく、感情的にも自分がやりたいと心から思える仕事しかやりません」。では、仕事の上での原則とはなんだろう。「仕事上の、人と人との関わりを大切にすることですね」と彼はいう。「この写真家はすごく有名で成功しているかもしれないけど、一緒に仕事をしたら最悪だろうなと感じて、プロジェクトを却下したこともありますよ」。
MACK社のマーケットで一番勢いがあるのは若者たちだという。MACK社の出版物を誰よりも購入しているのは、意外にも一日中スクリーンを見つめて過ごすデジタル・ネイティブたちなのだ。「これは、写真集がとても魅力のあるものだということの証明だと思います。デジタルメディアが氾濫したことで、かえってアナログなプロセスに回帰する人も出てきた。紙とインクのもつ不変の価値への再投資といってもよいでしょう。私自身も、この流れを好ましく思う一人です」。
International Photography Award(IPA)
「British Journal of Photography」が主催し、今の写真界で活躍中の才能溢れる写真家たちの作品を一度に見ることができる国際的な写真賞。世界中の写真家に作品の応募を広く呼びかけ、業界の名だたる専門家たちが審査員を務め、アワード受賞者には、ロンドン中心部にある最先端のギャラリー「TJ Boulting」で3週間の個展を開催するチャンスに加え、イギリス屈指のプロラボ「Metro Imaging」から 5,000ポンドの作品製作費が与えられる。また受賞者の作品は『British Journal of Photography』本誌とデジタル版に同時掲載され、世界中で毎月8千万点のファイルがアップロードされている最大手のファイル共有プラットフォーム「WeTransfer」上で全世界に向けても発信される。 ロンドン以外に拠点を置くアーティストが入選した場合、ロンドンへの交通費と宿泊先が提供されるので日本からの応募もし易い。応募作品については、テーマやフォーマット(フィルム、デジタル)、カメラの種類など制限は設けず、幅広く作品を受け入れている。今年で11回目の開催となった(すでに今年分の応募は終了)。
イギリス・ロンドンを拠点とする出版社。ドイツの出版社「Steidl」で約15年間にわたって写真集部門のディレクターを務めた経験をもつMichael Mack(マイケル・マック)によって2011年に設立。著名・若手問わず明確なヴィジョンをもつアーティストや作家、キュレーターと共に編集・制作されるハイクオリティかつ美しい写真集は、毎年数々の賞を受賞し、国際的に高く評価されている。2012年には写真集を出版したことの無いアーティストを対象とした「First Book Award」を「National Media Museum」とともに設立。アワード受賞者にはMACKによる写真集出版、流通サポートが行われ、写真集を起点とした若手アーティストの発掘・育成システムにも独自の手法で取り組んでいる。
see all MACK publications
本記事は「British Journal of Photograpy」の許可を得た上で、2016年11月4日に公開された記事を翻訳・転載しています。
Read the original article in English on British Journal of Photography, visit here.
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本記事は「British Journal of Photograpy」の許可を得た上で、2016年11月4日に公開された記事を翻訳・転載しています。
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