THAMES LOG by Chloe Dewe Mathews
イギリス人フォトグラファーであり映像作家のクロエ・デュー・マシューズ(Chloe Dewe Mathews)による作品集。古くからの信仰であるペイガニズム(※註)の祭礼から現代生活に見られる儀式まで、刻々と変化する人と水との関係性をテーマにした一冊。作者は、水たまりのような源流から大規模なエスチュアリー(三角江)を形成している河口まで、テムズ川に沿って何度も旅をし、撮影に5年を費やした。河口近くのティルベリーを通過する船を記録し続けるシップスポッター、ローマ時代やサクソン時代の財宝を求めてロンドンの泥地を漁るマッドラークなど、誰に注目されることなくこの川と関わって生きる人々に焦点を当てる。潮の満ち引きによって1日2回違った顔を見せる河口から離れると、若々しいテムズ川が緑に覆われた田園地帯を穏やかに流れている。ここで作者は、ネオペイガニズムの儀式を行う人や奇妙な小舟を作る人、女王の鳥とされる白鳥を保護する人たちに出会う。決して1つに定まらない、流動的なアイデンティティを持つテムズ川は、オックスフォードで行われる船を燃やす儀式からサウスエンドの夕方の祈り、集団で行う洗礼式、10代の少年少女が参加する通過儀礼まで、上流から河口に至るまで途切れることなく行われている様々な儀式の主役になっている。世界の河川の中でも最も象徴的かつ詳細に記録されてきた川の1つであるにも関わらず、作者が撮るテムズ川は、この川自体を越えて、公私、大小様々な宗教的・非宗教的な儀式や、これらがどのようにして意味やアイデンティティを形成しているのかについて考えさせる。一部の人にとってテムズ川は、ヴォルガ川、コンゴ川、ガンジス川、アヘレオス川に思いをはせるための起点であり、その他の人にとっては、散骨を行う場所、この世を離れる最後の地点を意味している。作者は他の多くの作品と同様にこの作品においても、日常生活の不可解さや詩情に反して物事を分類するというドキュメンタリー写真の性質に向き合っている。蛇腹折で製本されたページの上をテムズの流れに沿って地理的に並べられたイメージには、様々な重要性を持つ出来事だけでなく、それぞれのGPS座標、日時、干潮、天気までもが記録されている。こうすることで作者は、川に沿って視覚的なデータを記録し収取するというプロセスを反映した、日常の人類学とも呼べる作品を作り上げた。またこのことを通じて、写真を撮るという個人的な儀式が進化していく様子も伝えている。詩情あふれるイメージに合理的な裏付けを与えることによって、作者は見る者を移り変わる川の流れに放り込み、沈め、グレーター・ロンドンとその周辺に広がる田園地帯の終わりなきストーリーをその多様性まで余すところなく表現した。本書は「Martin Parr Foundation」で2021年夏に開催される本作の展覧会開催に伴い、同財団とイギリスの出版社「LOOSE JOINTS」による共同出版の形で刊行された。
※註 自然崇拝や多神教の信仰を広く包括して指し示す、印欧語圏における言葉。(Wikipediaより抜粋)