MERCURIAL by Martin Huger
フランス人アーティスト、マルタン・ウジェール(Martin Huger)の作品集。ペリフェリック大通りの環状道路と高速道路A3号線の間、原初的な言葉が持つ相反する意味の間、豪華ヨットをハイジャックする海賊とグローバル企業の駆け引きの間、月の重力が地球に与える影響についてのケプラーの合理的な発見と夢の論理の間、 大海原を横断する交易路と賑やかな海の底の間、ツインタワーとツインタワーの双子同士の間、交換と建設の水平と垂直のベクトルの間のどこか、パリ東部にある「メルキュリアルタワー(Mercuriales towers)」のうちのひとつの一時的に空き物件になっている29階を占めている作者のアトリエで、いかだや塔のような一連の構造物が姿を現し始めた。
ここで紹介されている作品群において物体を緊張状態に置くために使われているのは、ピン、釘、テープ、接着剤、ホッチキスの場合もあるが、たいていは単なる磁石である。作者の芸術的アプローチは、我々の生活を支配しているように見える引力と斥力の二元的な力に対する理解をもたらし、関係性を触発する。我々に突きつける構築物やイメージは、一つの大都市圏を再構築している絶え間ない攻防や、広告、ファッション、マーケティングで広く使われている説得の戦略においては、似たような力が働いていることを明らかにしている。
目に見えない意味的な連想でできた道を飛び歩きながら、作者はあえて言葉や思考がまた別の言葉や思想を引き寄せるがままにさせた。このプロセスは、まるで磁場によって結びつけられているかのように、上昇、航海、資本という概念を中心として様々な要素が融合した物語を形成している。
2021年に作者はファッション界でのキャリアを離れ、孤高の芸術活動を始めた。パリ東部にある象徴的なツインタワーのオフィスビル、メルキュリアルの片方の29階にスタジオを構えるようになると、毎日の通勤は都心の華やかな通りからパリ周辺部の大通りへと変わった。
1970年代に突如として大地からツインタワーが現れた町バニョレは、ビジネスと貿易の中心地として発展するはずだった。その代わりに、大都市パリの魅力の裏側を露呈する場所となり、通りには首都の片隅に追いやられた困窮した人々が暮らすようになった。通りから廃材を拾い集め、このビルがオフィスとして使われていた頃に使われていたものを見つけることで、作者は机の上に名前も形もない小さなものから成る語彙を蓄積してきた。
スタジオの大きな窓から街並みを眺めながら、これらの未加工の素材を何時間もいじっているうちに、垂直の塔のような建造物、いかだなどの船が浮かび上がってきた。アーティストは退屈を持て余したサラリーマンに変身し、ゆっくりと過ぎていく時間に挑戦する術として、己のレジリエンスを示すために創作を行った。
作品はどれをとっても、それがどのように作られたかを明らかにする方法が備わっている。隠されているものはなに一つない。作品の重要性は、固有の最終的な形よりも、それらは本質的に可能性の探求、つまり何処かへ向かう途中の、何かになりつつあるものであるという事実にある。この可能性という概念は、子どもやモデル(グラビア誌の広告のためにポーズをとるモデルであれ、建築事務所の作業場にあるような空間的投影を表すモデルであれ)の姿として何度も登場する。