PHOTOGRAPHS 1997 – 2017 by Hannah Starkey
イギリス人フォトグラファー、ハナ・スターキー(Hannah Starkey)の作品集。1990年代半ばから女性をテーマに据え、女性であるということの意味を巡る概念の形成に写真がどう関わってきたのかという問いを追い続けてきた。まるで映画のワンシーンのようなイメージを写し出し、作者独自のミザンセーヌ(mise-en-scenes / ※註1)の世界観で広く知られている。都市の日常という背景を好んで用い、様々な世代の女性のポートレイトを作り上げる。芸術の世界では昔から「遊歩者(※註2)」という存在がクローズアップされてきたが、これを表すフランス語の「フラヌール(flâneur)」が男性名詞であることから、作者はその対になる概念として「フラヌーズ(flâneuse)」を提案している。鏡に映った女性を吸い込まれるように見つめる別の女性や子供を抱く母親の献身的な眼差しなど、写真になっていなければ誰の目にも留まらなかったはずの個人的な内省、疎外、社会的な相互作用といった瞬間を露わにする。現代の風俗画と同じく、作者が描くイメージの根底にはありふれた物語が流れている。ただこの場合、それは大衆文化に見られる様々な女性像を巧妙に浮き彫りにすることを狙いとし、日記的、ストリート、ドキュメンタリー、映画的、芸術的、ファッションなど、写真における幅広いジャンルのビジュアルランゲージを通じて語られる。「ビジュアルカルチャーこそ、女性の自由・平等に残された最後の砦であると私は心から信じています」と作者は言う。北アイルランドの首府ベルファストで撮影した初期のステージド・フォトグラフィー(演出された写真)から、最近では2017年にロンドンで開催されたウィメンズ・マーチの記録まで、作者のあらゆる作品を回顧録的に集めたカタログ・レゾネともいえる本書は、影響力をもつイメージを作り続けた20年を詳らかにするだけでなく、女性の眼差しに関する議論のための重要な基準として役割を果たしている。キュレーターのシャーロット・コットン(Charlotte Cotton)による伝記的なエッセイや、編集者でありライターのリズ・ジョビー(Liz Jobey)と作者が率直な思いを語る対談を収録。
※註1 「作品の筋、登場人物を作り出すこと」の意。演劇や映画における美学的「演出」、英語で「putting on stage」と訳される。
※註2 19世紀の初頭に近代都市の発達とともに発生した言葉。フランス、殊にパリにおいて目的を持たずに街路を彷徨する人物像。ドイツ人批評家、文学者ヴァルター・ベンヤミンが見出した。