KHICHDI (KITCHARI) by Nick Sethi
ニューヨークを拠点とするアメリカ生まれのインド系フォトグラファー、ニック・セティ(Nick Sethi)の作品集。両親がインドからアメリカに移住した後に産まれた作者は、家族の中で唯一のアメリカ生まれであった。インド語を話さず、ゆかりなく育った作者が17歳になった2007年、家族で1年間祖国へ戻ることとなる。そこで写真を撮り始めたのは、現地の文化や人々との繋がりを築くためであった。同時に当時はちょうど携帯電話や自撮り文化の過渡期であり、特にインドでは撮った写真を所持するということがより特別なこととなり始めた頃であった。最終的にこのプロジェクトは足掛け10年にも及び、インド内の様々な場所へと旅をして撮影に挑んだ。作者は、性差やテクノロジー、伝統的なインド文化と西洋文化のバランスといったテーマを中心に、急激な変化を遂げているインドのアイデンティティを描き出した。また、体験を共有するという写真の働きを意識的に強調し、自らの興味関心や歴史、そして写真家及び作品の参加者としての自分を作品の随所に取り込んでいる。幾つもの要素が混在するシーンを親密な距離感で捉えたイメージは、芸術と写真そして日常が交差する境界を押し広げていく。作者は作品を通じて知覚や感覚の本質を問い、イメージ、シンボル、形あるもの、さらには関係性に込められた意味に疑問を投げかける。インドの至るところに見られる派手な装飾や美しい極彩色、旅の途中で体験した偶然としか言いようのない数々の出逢いにインスピレーションを受け、好奇心を原動力として撮られた写真は、アーティスト本人だけでなく制作に協力した人達や鑑賞者にも、何でもない日常の中にユーモアや滑稽さ、そして美を見出し慈しむことの喜びを教えてくれる。タイトル『KHICHDI (KITCHARI)』は、米と豆を煮こんで作る伝統的なインド料理の名称だが、様々なスパイスはもちろん野菜や、時には肉を入れることもある。今も昔も変わりなくインド全土で食べられ、インドを代表する料理とうたわれるこの料理には、数限りない形式や調理方法が存在し、地域や州、さらには各家庭によっても違いがあるという。これこそが、言えるレシピも、決まった材料も、果てには綴り方さえも固定のものがないこの料理のたった一つの本質は、その変わり続けるアイデンティティである。本作もまたこの料理と同様で、決して揺らぐことのない唯一の考え方を示すことがない。むしろこれは、インドの進化とその人々、そしてアーティスト自身を記録し、主題の外側へと広がり変わり続けるセルフポートレイトであると言える。本作は、作者のディレクションのもとニューデリーで印刷された。