SHADOWS LIFTED FROM INVISIBLE HANDS by James Hoff [LP]
ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動するアーティストであり、出版社「PRIMARY INFORMATION」の共同創設者兼ディレクターのジェームス・ホフ(James Hoff)による音楽作品。アメリカ人アーティスト、ジャック・ウィッテン(Jack Whitten)の作品「Mother’s Day 1979 For Mom」(1979年)がジャケットを飾る。
本作は、作者が「アンビエント・メディア」(環境音楽ならぬ、環境媒体)と称する4つの曲から成る自叙伝的レコードである。各トラックは、作者自身による、無意識下の聴覚風景から描き出されたソース、殊に音楽的なイヤーワーム(※註)と耳鳴りの周波数で構成されている。
明確な「音」でもなければ白昼夢でもないイヤーワーム(もしくは音楽的執着 / スタックソング症候群)は商業的形態として存在する音楽を象徴している。商業的な音楽は即効性があり、どこにでも存在し、持続性がある。同様に、耳鳴りは聞こえず、無節操であり、周波数スペクトルにいかようにも現れてくる。このような現象が認知の上で渦巻いていることで、アンビバレントで内的なサウンドトラックが供給され、世界における人の動きをスコア化しているのである。
耳鳴りに悩まされている人や、映画における「耳鳴り効果」に慣れている人にとってはレコードのハウリングなどのノイズは認識できるだろうが、曲ではそうもいかないだろう。
歪みと凝縮を経て、本作には4曲の商業的ポップスの改変版が収録されている。アメリカのバンド「ブロンディ(Blondie)」の「ハート・オブ・グラス(Heart of Glass)」、イングランド出身のロックミュージシャン、シンガーソングライターであるデヴィッド・ボウイ(David Bowie)の「スペイス・オディティ(Space Oddity)」、アメリカのシンガーソングライターであるマドンナの「イントゥ・ザ・グルーヴ(Into the Groove)」、アメリカのミュージシャン、ルー・リード(Lou Reed)の「パーフェクト・デイ(Perfect Day)」がそれにあたる。
この曲たちに長年悩まされ続けてきた作者は、トラックを調整し、移調し、オーケストラ用に作曲し直した。無意識的なエコーに話を戻すと、このトラック群は、そのソースの解読を難解にするために、さまざまな手を尽くし多くの労力を費やしている。まるでサンプルのように、それぞれのイヤーワームを単純に「改めて紹介する」ような形にしないよう注意が払われている。そうでなければ、意味があるだろうか。誰もそんなストリームを必要とはしないのである。
そして、イヤーワームは音楽ではない。そのように我々は認識してはいる。イヤーワームは内耳の蝸牛ではなく、主観的でも客観的でもない、感情的な力として存在しており、つまり侵略的で異質な現象なのである。これは耳鳴りと同様に、経済的、社会的、環境的な力によって、また同時に、作者自身の感情的な状態、精神的な健康状態、加齢によっても乱れる。作者はこのレコードについて、自身の精神的健康状態との闘いを控えめに語ることはせず、鬱病の長い歴史やここ数年の厳しさについてもそれは当てはまる。それが、この作品の作曲の背景となっているのである。
どんなポップソングも、一生懸命に針を落とすとその下には悲しみがある。根底を覗くと、この作品は、一種の儚い困憊と憂欝を呼び起こすものがある。作者は、オリジナルの楽曲を光と影のような二重性を通して書き直すことで、ポップミュージックの闇としての核に繋がる窓を開いているのだ。その中心には、反響するリフレインの上に構築される安易な高揚感を通して、資本主義が持つ絶望的な謀略が存在する。そのすぐ下で、聴き手は心を通じて踊っている影なる遺物に気づくのである。