DISCORDIA by Moises Saman
国際的写真家集団「マグナム・フォト」正会員であり、ペルー生まれのフォトグラファー、モイセス・サマン(Moises Saman)の作品集。大規模反政府デモ「アラブの春」が起きていた期間を含む2011年から2014年の間にフォトジャーナリストとして中東のチュニジア、エジプト、リビア、イラク、レバノン、シリアに滞在。4年もの期間を費やして自身の「記憶」を撮影したものを収録した、回顧録的ドキュメンタリー作品集。タイトルの「DISCORDIA」はローマ神話における不和と争いの女神の名称。
「この作品は、『 The New York Times』『 The New Yorker』『 TIME』等の媒体用にフォトジャーナリストとして中東の国々を巡っていた時に撮影されたものである。数年に渡って数多の革命が各所で起きており、私の中でのあるぼんやりとした記憶が一つのストーリーとなった。その経験を伝えるためには、直接的なジャーナリストらしい表現に変換するよりも、群衆の中の一つ一つの声、感情、そして明日何が起こるかわからない不確かな状況が続く生活を一つにまとめて新しいストーリーを作るべきだと思ったのだ。」- モイセス・サマン
長く膨大で複雑な写真のシークエンスを編み上げながら、そこにタイトルや解説を添えないスタイルを一貫し、単純明快でもなければ求められたような答えとも違う「アラブの春」を表現。中には、滞在中に幾度となく作者が見た人間の身振りや仕草の繰り返しをソースとして切り出した写真を用いたコラージュ作品(オランダ系イラン人アーティスト、ダリア・ビラン作)も収録されている。また、写真を素材とした様々な編集アプローチも試みており、例えば見開きで大きく載せたページもあれば、ぽつりと一枚のみ配置した箇所もあり、また挑戦的に比較するよう2枚を並べたと思うと別のページでは淡々とイメージを並列し、先述したようにコラージュも混ぜている。そういった表現の組み合わせが、その場所で起きた出来事と間近でそれを経験した作者個人の記憶として視覚的かつ効果的に描き出されている。作家が撮影した劇的な場面の周囲で起きていたほんの束の間の一瞬を、時にあえて曖昧な写真で差し込んでいる部分もある。そのようにして、路上で抗議活動や集会に参加する人々、そこに存在するもの、そして暴力的かつ不確実で不安な渦中に置かれそれが毎日絶え間なく続く生活そのものを、一つの作品として作者が代弁している。結果として、この異質で複雑な状況と、かつてないほど曖昧になっていた被害者と加害者のボーダーライン上に記された、ある一目撃者の証言として完成した。最後に作家本人によって本書を締めくくっている短いエッセイが、中東に滞在し活動していた数年間に経験した一瞬の邂逅、場面、人物像をまるで額装するかのように綴られている。
「この作品は、長年にわたる独裁政体に対する反乱の力、希望、理想主義を見せている。そして、この価格はこの本に支払われるべき価値を感じる。それもかなり明確に。」-ジュリアン・スタラブラス(イギリス人芸術史家、写真家、キュレーター)
本書は、報道写真やドキュメンタリー写真のプリントを所蔵するプライベート・コレクション機関「INCITE PROJECT」、「ソロモン・R・グッゲンハイム財団」、「ユージン・スミス・メモリアル基金」、「マグナム・コレクターズ・サークル」の多大なサポートにより実現したプロジェクトであり、2016年には自費出版写真集を対象とした写真集アワード「Anamorphosis Prize」を受賞している。