IN MOST TIDES AN ISLAND by Nicholas Muellner
ニューヨークを拠点に写真と執筆活動を交えた作品を制作するカナダ人アーティスト、ニコラス・ミュエルナー(Nicholas Muellner)による作品集。本書はデジタル時代における亡命と孤独に関する場面描写の移り変わりを通じて作られた、イメージと言語による一冊である。魅惑的かつ方向感覚を失いそうであり、かつ情報に富み寓話的である本書は、現代におけるソビエト崩壊後の同性愛者の生活の片鱗を覗かせており、孤独と欲望に対する考察であり、そしてむごたらしさや憧れ、諦め、はたまた希望によって消費された世界における写真と詩の本質への探求である。本作は二つの全く異なる衝動から生まれた。ひとつはロシアの片田舎にいるカミングアウトをしていない同性愛者の生活との出会いであり、もうひとつはとある熱帯の孤島に一人住む女性のゴシック物語(※註1)を書くことである。片方は実際の資料に基づき、もう一方は作り話であるという全く異なる二つのテーマであったが、予期せず一つの作品として完成した。バルト海、カリブ海、黒海の海岸に沿って撮影された遠い地の眺望は、ある時岩山に一人佇む人物と出会う。この眺めから彼らは問う、極めて疎外されながらしかしハイパーコネクテッド・ワールド(※註2)の中にいる状態で、親密性と孤独はどのような意味を持つのか?本作は写真的かつ文学的な伝統技法への挑戦であり、ポートレイトと風景写真、ドキュメンタリーとフィクション、隠喩と説明の間に生じる相反する関係性が、作家独自の掛け合わせで形作られた物語の中へと崩れ落ちている。作中で姿を変え続けるこの作品は、さすらいの語り部の声と、広範囲に及ぶ風景の中に響く予期せぬ視覚的なエコーによって一緒に紡がれるものとなる。顔が見えない、しかし意味ありげなオンラインのプロフィール写真が出現している不思議な状況は、様々に分岐する物語へとリンクしている。この匿名の人物たちは、感情のシグナルとして作用し、イメージと言語の垣根を越えると同時にジャンルや地理の制約をも越えた信号を送って来ている。制作に5年を要した本作は、「The Amnesia Pavilions」(2011)、「The Photograph Commands Indifference」(2009)に続く待望の一作。過去の作品と同様に、本作もまた独自の「写真的文学」というハイブリッドな形式に言語とイメージを深く結びつけている。ドキュメンタリーとメタファーの本質、写真の感情に訴えかけてくる性質、言葉と画像の間にある常に生き生きとしつつも橋渡しが不可能である場所の存在について、本作は疑問を投げかけている。
※註1 18世紀末から19世紀初頭にかけて流行した小説であり今日のSF小説やホラー小説の源流とも言われる
※註2 あらゆるものの繋がりがインターネットによって急激に強まっている状態