DEAR GOD, THE PARTHENON IS STILL BROKEN by Yorgos Lanthimos
ギリシャ人映画監督、ヨルゴス・ランティモス(Yorgos Lanthimos)の作品集。2023年公開の映画『
哀れなるものたち(原題:Poor Things)』(日本では2024年公開)の風景を写真で写し出し、美しい装丁でまとめた一冊。
作者は、映画の撮影中や合間の休憩時間に大判、中判カメラで写真を撮り、主演女優のエマ・ストーン(Emma Stone)と共に間に合わせで用意した暗室に入り、6x7のカラーネガフィルムと4x5のモノクロネガフィルムを現像し続けたという。本書はそんな二者のユニークなクリエイティブ・パートナーシップのもと、まるで錬金術のように映画という領域や制約を超えた創造的な結果を生み出した。
「ああ
神よ、パルテノン神殿は壊れたままなのです(DEAR GOD, THE PARTHENON IS STILL BROKEN)」
このタイトルは、劇中でヒロインのエマ・ストーン演じるベラ・バクスターが、父であるゴドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー(Willem Dafoe)演)を神と呼んでいることが表されている。この一節は、ベラから父である神に送るはずだった絵葉書から由来しているが、このシーンは映画の最終稿からカットされている。また、表紙の絵は、版元である「VOID」が父役のウィレム・デフォーに似ているという理由でローマ神話の神ジュピターの仮面を採用し、そこにゴドウィン・バクスターの傷跡を与えて描かれたものである。
同作はブダペストに設営された実在のセット上で撮影された。にもかかわらず、本書に収録された作品は、時間や場所という鎖に囚われることなく、現実から切り離された別世界に存在している。写真はモノクロとカラーの間を漂い、過去と現在との間で目覚めてしまった「夢」の中にいるような印象を与え、現実と虚構の狭間にある幾重もの層が少しずつ露わになっていく。
この映画の舞台は、ロンドン、リスボン、マルセイユ、クルーズ客船など、19世紀末のさまざまな場所に設定されており、その全てはこのブダペストの地で再現された。このセットのために構築された各都市や室内が本作の背景となっている。登場人物は想像上の都市に生き、そこには不安定なスクリーン、足場、帆装、照明、クルーがイメージの周辺に写ってしまっている。作者は意図的にフレームを広げてセットの仕組みを見せ、物語の中にもう一つ新たな物語を作り上げた。このことを反映するかのように、本書のページの一部を観音開きができる仕様にし、本の中の登場人物がちらりと写る内側に隠れているもう一つの「本」のページを読者が開くことで、その構造を明らかにする。そしてこの写真は、本編のサブ・プロットとなり、ある種の解説となりうるのである。
本書の冒頭には、ミュージシャン、作家、詩人のパティ・スミス(Patti Smith)による未発表の詩を収録。本映画にインスパイアされて書いたものである。