『HAPPY VICTIMS 着倒れ方丈記』復刊にあたって
Text:Kyoichi Tsuzuki
文章:都築 響一
『HAPPY VICTIMS 着倒れ方丈記』はもともと、今は亡きファッション誌『流行通信』に1999年から2006年まで87回にわたった連載が、2008年に単行本になったもの。日本では2018年にいちど復刊されたが、今回のapartamento版はオリジナルから17年ぶりということになる。
『HAPPY VICTIMS』はこれまで国内だけでなくフランス、ルクセンブルク、メキシコなど、海外の美術館やアートイベントでも展示され、プリントも収蔵されてきた。美術館で展覧会を開くと、オープニング・パーティのほかにギャラリートークというのがたいていある。拙い英語で説明しながら参加者と一緒に会場を歩くわけだが、たとえばパリのおしゃれなアート・ファンたちに、分不相応なブランド・ファッションまみれの日本の若者たちがどう映るのか不安な気持ちで話してみると、いちばん多かった感想は「理解できない(冷笑)」ではなく、「わたしの友達にもこんなひといます!(爆笑)」なのだった。『HAPPY VICTIMS』の前に『TOKYO STYLE』(2024年にapartamentoから復刊)をアメリカやヨーロッパで披露したとき、日本人の狭苦しい住居をバカにされると思ったら、「若いころの自分の部屋そっくり!」という感想がすごく多かったのと一緒で、それは国境を超えた都市型生活というものへの自分の感覚を拡張してくれる体験でもあった。
ただ、取材を始めたころからすれば四半世紀経ったいま、もういちど『HAPPY VICTIMS』がつくれるかというと、うまくできる気がしない。
あのころはいまほど、どこにでもユニクロやGAPやZARAはなかった。それなり、そこそこの服が、日本中どこでも買えるという時代でなかったころを思い返すのは、もう難しいだろう。ファストフードがなかった時代に、僕らがどんなふうに食べる場所を選んでいたのか、思い出すのが難しいように。『HAPPY VICTIMS』はファストファッションが地球征服を成し遂げる、ぎりぎり直前の時代だった。
そしてまたあの時代はハイファッションとストリートファッションが厳然と区別されていた、最後の時代だったとも思う。
かつては「パリコレ」というものがあって、シーズンごとの流行色やスカートの長さが決まり、それが1年、2年という時間を経て世界の隅々に拡散していった。ぜったい手に入らないけれど、有無を言わせず美しいオートクチュールやプレタポルテの世界観があって、それは庶民の普段着とは別の場所で輝く衣裳だった。
それがいつのまにか「ストリートで生まれたものを上手にブランディングしていくのがハイファッション」ということになっていく。ブランドとストリートの上下関係が逆転とまでは言わなくても、関係のありかたがまったく変わってしまったのは、僕の記憶では2001年にルイヴィトンが発表したスティーブン・スプラウスとのモノグラム・グラフィティ・コレクションが最初の象徴で、ファンには申し訳ないが、ストリートを彩るグラフィティのパワーに比較して、あのどうしようもなくかっこ悪いデザインこそが「ブランドの終わりの始まり」に見えたのだった。
いまや時代感覚のずれた老舗メゾンが人種差別的な商品や発言でバッシングされ、「VOGUE」よりも「DIET PRADA」のようなSNSの発信源に業界人ですら依存し、ファッション雑誌はますます売れず、ひとはそれぞれ好き勝手な服を着るようになって、あからさまなブランドよりも「ほかのだれも着ていないTシャツ」のほうがオシャレとされるようになって・・・この四半世紀にファッション・デザインは、ひとつの中心を持たないまま無限に拡散していく文化現象になっていった。
いまもこれからも、素晴らしいファッション・デザインはたくさん世に現れるだろう。でも、なにかがちがう気がするのは、これまでのファッションがデザイナーから消費者への一方通行的な流れだったのに対して、これからはもっと相互に行き来し、補完しあう関係になっていくはず、と僕には思えるからなのかもしれない。
そしてまた僕らはいつの時代にも「幸せな犠牲者」だ。その対象がレコードなのか本なのか、クルマなのか服なのか、その程度の差異でしかない。千冊本を持っていれば賢いけれど、千枚服を持っているのは低俗、なんてのは世間が勝手に決めた判断基準に過ぎない。
「断捨離」とか「むやみな消費の戒め」とかがもてはやされる時代にあって、もし本書に登場してくれた着倒れ君たちが眩しく見えるとしたら、それは君がこころのどこかで「バランスの取れた暮らし」の凡庸さ、退屈さに気がつき、苛立っているからにちがいない。
HAPPY VICTIMS
作家|都築響一(Kyoichi Tsuzuki)
仕様|ハードカバー
ページ|184ページ
サイズ|230 x 300 mm
出版社|APARTAMENTO
発行年|2025年
purchase book
FAIR & TALK
『HAPPY VICTIMS』刊行記念フェア
会期|2025年07月11日(金)- 07月31日(木)
時間|営業時間に準ずる ※最終日は17時まで
開催場所|銀座 蔦屋書店 アートブックフロア
『HAPPY VICTIMS』刊行記念トークイベント&サイン会
都築響一(編集者/写真家)× 藪前知子(東京都現代美術館学芸員 / 予定)
日程|2024年7月27日(日)
時間|13:00 - 14:30
※トークイベント参加者対象 サイン会:14:30 - 15:00
※サイン会のみ参加希望者対象 サイン会:15:00 -
開催場所|銀座 蔦屋書店 BOOK EVENT SPACE(アートブックフロア内)
登壇|都築響一、藪前知子(予定)
詳細
都築 響一『HAPPY VICTIMS / 着倒れ方丈記』新装復刻版刊行記念フェア
会期|2025年07月11日(金)- 07月22日(火)
時間|営業時間に準ずる ※最終日は20時まで
開催場所|代官山 蔦屋書店 2号館1階アートフロア
詳細
都築響一(Kyoichi Tsuzuki)
1956年、東京生まれ。ポパイ、ブルータス誌の編集を経て、全102巻の現代美術全集『アート・ランダム』(京都書院)を刊行。以来現代美術、建築、写真、デザインなどの分野での執筆・編集活動を続けている。93年『TOKYO STYLE』刊行(京都書院、のち、ちくま文庫)。96年刊行の『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、のちちくま文庫)で、第23回木村伊兵衛賞を受賞。その他『賃貸宇宙UNIVERSE forRENT』(ちくま文庫)、『現代美術場外乱闘』(洋泉社)『珍世界紀行ヨーロッパ編』『夜露死苦現代詩』『珍日本超老伝』(ちくま文庫)『ROADSIDE USA 珍世界紀行アメリカ編』(アスペクト)『東京スナック飲みある記』(ミリオン出版)『東京右半分』(筑摩書房)『圏外編集者』(朝日出版)など著書多数。2012年より個人で有料メールマガジン『ROADSIDERS' weekly』を毎週水曜日に配信中(http://www.roadsiders.com)。
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