REVIEW:SHASHIN(PHOTOGRAPH)by Ryuichi Kaneko(Photography Historian)


変わらないことの過激さ
Text:Ryuichi Kaneko(Photography Historian)
テキスト:金子隆一(写真史家)

築地仁の写真について、正確にいえば『写真像』(1984年刊)以後の写真について、必ずといってよいほど「都市」がキーワードになって語られてきている。これは『写真像』以後、築地が被写体として選んできたものがさまざまな都市の建築物であるからであろう。確かに極限まで鮮鋭なモノクロームの映像で描き出される建築物の表層は、変容する都市の「像」を私たちに刻み込み、そこに生きる人間の状況がどのようなものであるかを問いかけてくる。

では築地仁の写真は、そのようなところへ向かうためのものなのであろうか。むしろそこからいかにその堅牢な都市像を解体するかということへと向かっているのではないだろうか。そうでなければ、この写真集のタイトルが『写真』であるはずがない。そしてそうでなければ、築地が「写真」をもつことの根源的な意味が解体されてしまうのであろう。


目の前に新しく刊行された『築地仁 写真』を置き、その隣に『写真像』を置いてみる。併せて『写真像』が刊行されたときの書評を中心にしたドキュメンツを集めた「写真像ファイル」(camera works tokyo-11、84年刊)に収められたテキストを読んでみる。するとこの二つの写真集の間に横たわる30年という時間の中で、「変わらないこと」の過激さが鮮やかに浮かび上がってくる。



30年前の『写真像』で注目されたのは、賛否両論ではあったが、言葉を圧倒的に拒否することによって、被写体の問題をねじ伏せ、「写真」のありようを追求する写真家の姿勢であった。稲川方人は写真集に添えられたテキストの中で「築地仁の写真は何ものも語ってはいず、何ものも拒んではいない。介入する言葉のいっさいの意匠を許し、それらことごとくの敗北を、みずから先んじて代行する」と言い、粟津則雄は、「写真の(写真家ではない)自意識が、もっとも純粋かつ徹底的なかたちで遂行されている」と、さらに平出隆は「都市を写す多くのレンズが、それがすぐれている場合であっても、対象についてなにかを語りやめることをしていない。築地仁は、都市のもっとも都市的な物質性を撮影しながら、同時にそれについて語りやめることをした」と、それぞれ書評で述べている。

ここに述べられている築地の写真のあり方は、この新しい写真集についてもそのまま当てはめることができるといってよい。このことはこれらの評者が30年前の写真集を的確に受け止めていたということもさることながら、築地仁という写真家が、どのような写真表現の変容が歴史として積み重ねられていっても、またどのように現実の状況が変化することがあったとしても、変わらずに「写真そのもの」へとたどり着こうとする意志を持ち続け、実践し、成し遂げていることの証左なのではないだろうか。築地が求めていることは、「写真」の原質が、なにを成し遂げることができるのか、何を変えることができるのかを、過激に問いかけることであるのだ。




写真
作家|築地 仁
仕様|ハードカバー
ページ|108ページ
サイズ|210 x 297 mm
出版社|日本写真企画
発行年|2015年

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築地 仁
1947年神奈川県生まれ。写真を独学で始め、装丁家・菊地信義に写真の表現と思考の方法を学ぶ。1960年代半ばより都市を舞台に、抒情性を排した鋭敏な眼差しで写真表現の本質を探究 。1979年、写真史家・金子隆一、写真家・島尾伸三、谷口雅と共に「CAMERA WORKS」を設立、 小冊子『camera works tokyo』を発行(1979-95年)。主な個展に「方向量」フォト・ギャラリー・プリズム(東京、1976年)、「写真像」ツァイト・フォト・サロン(東京、1984年)、「垂直状の、(領域)」Mole(東京、1992年)、「築地仁の現在<いま・なぜ・ここに> 1974-1998」写大ギャラリー(東京、1998年)など。主なグループ展に「風景の波動」フォト・ ギャラリー・プリズム(東京、1977年)、「モノ・カオ・反物語-モダニズム再考」東京都写真美術館(東京、1995年)など。主な写真集に『垂直状の、(領域)』(自費出版、1975年 )、『写真像』(CAMERA WORKS刊、1984年)、『築地仁 写真』(日本写真企画刊、2015年) など。主な受賞に日本写真協会新人賞(「写真像」により、1985年)など。作品の主な収蔵先に東京国立近代美術館、東京都写真美術館、川崎市民ミュージアム、国際交流基金、プリンストン大学など。

この記事は「アサヒカメラ」(2015年8月号)に掲載されたものを、アサヒカメラの許諾を得て転載しています。


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