スイスを拠点に活動する建築フォトグラファーであるユルゲン・ベック（Jürgen Beck）の作品集。アイルランド出身のプロダクトデザイナーであり建築家のアイリーン・グレイ（Eileen Gray）が設計した別荘「E-1027」を作者が撮影したイメージをまとめた一冊。

「E-1027」は1929年に完成した南仏の地中海沿いに建つヴィラであり、近年オリジナルに近い形で修復されたこともあり、年月を経てごく最近に建築のアイコン的な存在としてその地位を確立した。

作者が撮影したヴィラの写真は、何かを探し求めているような姿勢で近づき建築を捉える。コート・ダジュールの海岸のような景色は避け、ヴィラまで続く生い茂った道を歩き、撮影する。また、仕事とレジャーのために設計したプライベートな空間を偽りなく写そうとし、遠景からの撮影を行わなかった。このことによって、写真と建築物の間に対話が生まれ、あたかもグレイ自身が設計した空間の中にいるかのような感覚を抱く。写真は、異なる人生や仕事の多様な形を受け入れるグレイの開放的な建築表現や、日々のリズムや日常的な状況に対応する柔軟な構造を写し出すべく追求している。作者は、人々の心理的かつ感情的なニーズを考慮するデザインに、我々鑑賞者の目を向けさせ、物事にそれぞれの名と関係性を与えるのである。

本書は作者が写したイメージに加え、スイス人作家、編集者、翻訳家であるドロテー・エルミガー（Dorothee Elmiger）のエッセイを収録。分析と印象主義の解説を行き来する文章を紹介することで、グレイの作品に対する作者の視点に広がりを持たせる。