TROUBLED LAND by Paul Graham
イギリス人フォトグラファー、ポール・グラハム(Paul Graham)の作品集。本書は「
ザ・トラブルズ(The Troubles)」と呼ばれる、1960年代後半に始まった北アイルランドの領有をめぐるイギリスとアイルランドの地域紛争(北アイルランド紛争)のさなか、1986年に刊行された作者による傑作『TROUBLED LAND』の復刻版。35年の時を経て再版された。北アイルランドの風景に埋め込まれている、政治的な分断を象徴する小さくも強烈なしるしの数々を捉えている。
アイルランド紛争の焦点は土地であり、アイルランドの大地は誰が所有し、誰が管理し、そこでは誰の歴史が表現されているのかが争われていた。この重要な真実を前提にした静かで過激なこの作品は、風景と紛争を組み合わせた写真で我々を牧歌的な風景に誘う。しかしこの風景を見つめていると、紛争を物語るディテールが徐々に浮かび上がってくる。ペンキが塗られた縁石、遠くに見える兵士やヘリコプター、国旗やグラフィティ、ペンキが飛び散った道は、暗黙の裡にその土地に住んでいるのがイギリスへの帰属を望むロイヤリストなのか、それともアイルランドの統一を望むリパブリカンなのかを示しているのである。緑の野原や垣根が続く一見のどかな風景は、やがて対立と諍いのイメージという真の姿を現にする。フレームの切り取り方は安定しており、ビジョンは明晰であるにも関わらず、これが不安定な土地であることは明らかである。
1986年の刊行当時、色の使い方や、いわゆるフォトジャーナリズムの枠を打ち破ったことによって議論を巻き起こしたこの写真集は、北アイルランド紛争を理解する新たな視点を提示し、政治や社会からの逃避ではなくむしろこれらに向き合う手段にもなりえることを示唆したことによって風景写真というものを永久に変えるに至った点において極めて重要な意味を持つ。先に同じMACKより再版された
『A1 - THE GREAT NORTH ROAD』(2020年再版)と「BEYOND CARING」(2021年再版)に本書が加わり、作者が1980年代イギリスをテーマとした3部作新版が揃う形となった。